逆転する正義(元みずほ証券副社長 遠藤 寛 氏)

「正義は逆転する。信じられないことだけど、そんなもの簡単にひっくり返るんだから。正義なんか信じちゃいけないんだ。でももし逆転しない正義があるしたら、すべての人を喜ばせる正義。僕はそれを見つけたい。」放送中のNHKの朝ドラ『あんぱん』の中で柳井嵩(北村匠海)がのちに妻となる幼馴染の朝田のぶ(今田美桜)に語るセリフです。

このセリフは、戦時中軍国教育に身を捧げたことで苦しんでいるのぶを勇気付けると同時に漫画『アンパンマン』制作へ向けての決意表明でもありました。「逆転しない正義」を求めて前を向いて進もうとする嵩の姿に励まされた視聴者も多かったと思います。

しかし、私の心には「そんなもの簡単にひっくり返るんだから。正義なんか信じちゃいけないんだ。」と言うくだりだけが突き刺さっています。6月25日に開かれ、NATO首脳会議においてルッテ事務総長は米国のイラン核施設攻撃に言及し「親愛なるドナルド、あなたはこの変化を可能にした。」と述べ、トランプ大統領を称賛しました。

今回の米国のイラン核施設攻撃は予防的攻撃にあたりイランによる米国に対する攻撃が差し迫っていると言うような状況でない限り国際法上認められないと言うのが一般的な見方ですが、NATO加盟国首脳の中でこうした認識を表明したのはマクロン仏大統領だけでした。

報道によれば、これは欧州首脳がウクライナ支援、さらには欧州防衛に対する米国のコミットメントを繋ぎとめることを最優先したためであるとのことですが、それに加えてこれでイランの核兵器開発を阻止することができれば、それはそれでありがたいと言うことも本音だったようです。

いずれにしても法の支配を大切にしてきた欧州が国際法に反するかも知れない行為に目をつぶってしまった事実には重いものがあります。朝ドラの中で、柳井軍曹から「生きて帰るにはどうしたらよいか」と問われた八木上等兵(妻夫木聡)が吐き捨てるように返した「生き延びたかったら卑怯になれ」と言うセリフを思い出します。

私達は、戦後の国際秩序の根幹にあった「法の支配」をその主導者であった米国自らが軽視して、「力による支配」に傾き、主要国がそれを容認した現実を目の当たりにしています。そしてこうした動きの積み重ねが、戦後の世界の平和と成長を支えたリベラルな多国間主義の国際秩序を浸潤して行くであろうことから目をそらさないことが大切だと思います。

(2025年6月30日 記 元みずほ証券副社長 遠藤 寛)