パリ・オリンピック異聞(元日本フェンシング協会 専務理事 宮脇 信介氏)

この夏開催されたパリ・オリンピックについて、少し変わった話しをしてみたい。
私は、30年以上を邦銀や外資系運用会社で過ごしてきたが、2017年から21年にかけて、スポーツ競技団体(日本フェンシング協会)の専務理事としてその経営に携わった。さらに、パリには参加選手の親として現地で応援していた。

幸いにも、フェンシングで日本は金メダル2個を含む計5個のメダルを獲得する大躍進となり、メダルランキングで世界トップとなった。娘も団体で女子では日本初となるメダルを獲得するという僥倖に恵まれた大会となった。
さて、お話はここからが本題。

今回のパリ大会では、初めての試みとして、メダリストとなった選手たちが観客と交流するというイベントが開催された。エッフェル塔のそばに1万3千人が収容できる屋外特設会場を設け、あたかもパリコレのランウェイの様に、高くなった通路をメダリストたちが往復する。その途中で選手と観客が交流し、一緒に写真を撮ることもできる。

事前には知らされておらず、娘も出ると聞いて、慌てて旅程を変更して見物することにした。そして、嬉しいことに、選手の親ということで、選手たちの待合室(といっても大きなバンケット会場)に入場することができた。

私は、やや不思議に感じていた。確かに、選手と観客の交流促進は一つの「美談」ではある。とはいえ、1万3千人もの観客を(しかも入場料無料で)収容できる特設会場を作り、それを運営することの経済的合理性はどこにあるのか。

ところが、その報道されることのない待機場となっていたエリアを見て、なるほどと思わざるを得なかった。一言で言ってしまうと、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)の一大ショー・ケースだったのだ。LVMHは言わずと知れた、パリを拠点として多くのラグジュアリーブランドを擁する世界最大級のコングロマリットである。
先ず、女性メダリストたちは傘下企業で化粧品を扱うSEPHORAのブースでお化粧をする。そして、LOUIS VUITTONのコーナーでメダルを身につけて記念撮影を行う。

思えば、大会でメダルを運んできたトレイは同社製であり、ご丁寧にもメダル授与のオフィシャルの制服も同社の手になるものだった。また、選手に渡されるメダルのケースは傘下企業の宝飾ブランドであるCHAUMETによるもので、ケースは同社独特の一眼でそれとわかるデザインとなっている。そして、メダリストたちはたった数分のランウェイ登場のために、飲み放題のモエ・エ・シャンドンのブースでシャンパンを飲みながら数時間を過ごしている。

つまり、このイベントは、選手たちが、数時間にわたって、この待機場からLVMH傘下ブランドの写真をSNSに上げ続けるようにデザインされていたのだ。LVMHのブランドがメダリストたちによって世界中に発信される!これが延々14日間続けられるのであるから、その広告宣伝効果はいくらになるのであろうか。

開会式もセーヌ川でのパレードをはじめ、凝りに凝った構成で評判となった。そこに垣間見えるのは、オリンピックを「どうやって開催するのか」ではなく、「どうやって使ってやろうか」という根本的な発想の違いであろう。翻って、東京オリンピックは(コロナの問題もあって)開催するだけで手一杯となっていた感がある。12月13日の新聞報道によれば、パリ大会の収支は2680万ユーロ(約43億円)の黒字となった。また、温室効果ガス排出の半減にも成功したとのこと。

フランスは大国ではないかもしれないが、世界史(西洋史)において、大きな存在感を有してきた。今回も、一枚上手でやられましたと感じた。

(2024年12月20日 記 元日本フェンシング協会 専務理事 宮脇 信介 氏)