2026年、初回のエッセイになります。「「シン」と「ばけばけ」」について、新年の話題から私なりの感想を綴ります。
最初の話題は「シン」です。箱根駅伝(第102回)では青山学院大学の強さは秀でていて、序盤出遅れても王者の貫禄というレースで、凄いという一言です。
私が注目したのは第五区の箱根の山登りで、新記録で圧勝した黒田朝日さんのインタビューの「ここは声を大にして言いたいと思います。僕が『シン・山の神』です。」です。
この解説として「走る前に監督と話して、もう何代目とかじゃなくて、これは、シン・山の神だなという話をしていました。『新』しいという意味もありますし、『真の』山の神という意味もあると思いますし、どう表記されるかは分かんないですけど。」(Y!ニュース;1/2金17:57配信)ということでした。
もともとは、庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」や「シン・エヴァンゲリオン」が由来と言われており、「新」「真」「神」「進」「心」「信」「深」などの含意があるとされています。新しさや凄さを表現する一つのワーディングであるようです。
私自身はこの「シン」という表現にいまだなじめないところ多々ありますが、既に書籍では一般的に使われるようになっています。
私が簡単に調べた範囲で、『シン読解力』(新井紀子、東洋経済新報社)、『シン日本流経営』(名和高司、ダイヤモンド社)、『シン・ニホン』(安宅和人、NewsPicksパブリッシング)、『シン・中国人』(斎藤淳子、ちくま新書)、『シン・関ケ原』(高橋陽介、講談社現代新書)、『シン・養生論』(五木寛之、幻冬新書)、『シン・日本共産党宣言』(松竹信幸、文春新書)、『シン・エヴァンゲリオン論』‘(藤田直哉、河出新書)などがあり乱立気味ですが、接頭語としては完全に定着していることが見て取れます。
これらは、著名な出版社によるある種のマーケティング戦略と言えるものでもあるでしょう。
「シン」でイメージされるものが受け取る人にとって極めて多様で新鮮であり、解釈がわかれるところに妙味があるということだと思われます。
この「シン」ブーム、受けとめる側に様々な「シン」が想起され、変化を求めて深く考えていくための出発点となる気もします。
私はこの「シン」を通じて、進化していくこと、新しいことを深めていくことなどにつながっていくということの意味合いを、この「シン」から探っていけると良いのではと感じました。
次が「ばけばけ」です。この話題は、既に昨年11月に31号のメルマガのエッセイ「「ばけばけ」と「明治は遠くなりにけり」」の中で、明治時代(1890年ごろ)の「ばけばけ」が明治を身近に引き寄せていること、特に明治政府が目指していた「富国強兵」「近代化」「文明開化」などが、現在の日本国の基盤となっていること人々が一喜一憂しながらも前に進んでいったことの意味を改めてどう感じ取るか、また、元号の期間を一つの束にしてその意味を考えることについて寄稿しました。
今回はNHKでの新年「ばけばけ」関連番組なども多数あり、それらを見ながら「ばけばけ」から小泉八雲についてどういう示唆があるかを考えてみました。「シン」の話とも、通底しているところあると思います。
外国人の日本理解をどう考えるか、日本からの異文化の受け入れやグローバル化の位置づけをどうしていくかが重要だと思います。
平川祐弘氏が文藝春秋に寄稿したエッセイ「クローデルと「カミの国」」(文藝春秋2000年8月号;出所 文藝春秋編「巻頭随筆 百年の百選」(2023年))に、
「「オリエンタリズム」の時代の在日西洋人の中で、例外的に日本人の神道的な宗教性を感得した人に、明治にはラフカディオ・ハーンがおり、大正にはポール・クローデルがいた。・・・手紙で、「私は日本で多くの外国人が理解し得ないところのものー宗教的雰囲気を呼吸しました」と書いている。・・・畏敬の念の奴隷となった人の狂信を私は愚かしく思うが、それと同時になにものにも畏敬の念を持ち得ない人の猜疑心も愚かしく思う。チェンバレンやサトウのような過度の懐疑心は軽信の一形式にしか過ぎない。」とあります。
ここにも、最近私がテーマにしていた「猜疑心」「懐疑心」の記述があり興味深いところです。
小泉八雲やこうしたエッセイなどから何を「学び」、何を「考える」か、鎖国から近代化、文明開化の流れ、戦後80年の高度成長とその後の停滞などの長い歴史の中を踏まえながら、外国人居住者が3%で来日外国人が4000万人に及ぶ現在、海外の方々に日本の本質をどう理解してもらうかということをより一層考え取り組んでいくことが必要だと思います。
西洋(欧米)の普遍的な価値観、日本や東洋の普遍的な価値観をどう融合させていくことが求められるか、グローバリズム一辺倒からの脱却も必要かと思います。
比較文学者の池田雅之氏の『NHK「100分de名著」ブックス 小泉八雲 日本の面影』(NHK出版、2016年)は、小泉八雲の代表作の『日本の面影』の簡単な解説書です。
ここに小泉八雲を知ることの意味が書かれています。
「複雑な対立が渦巻く国際社会に生きる私たちが直面する課題は、いかにして「オープン・マインド」を養い、「共生」という世界観をつくり出し、それを共有していくかということだと思います。その課題に対して、「マルチ・アイデンティティ」を生き抜いた小泉八雲という存在は、私たちに大きな示唆を与えてくれると思うのです。」(127頁)とあります。
2026年がスタートし、2025年以上に激動、不透明な時代の中で、様々なことに取り組んでいくときに、日本の良さ(強さ)と異文化や世界文明とのリンケージを考えつつ取り組むことで、表に出てくる様々な情報をどう読み解いていくか、社会や経済の構造的な変化を見逃さないようにしていければと思います。
今年は松江に一度、行ってみようと思っています。
2026年、引き続き皆さんとのご縁を大切にしながら過ごしていければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
皆さんから本エッセイ含めてご意見をお寄せください。
2026年1月5日 記(新年スタートにあたって)イノベーション・インテリジェンス研究所 幸田博人)
