今回の話題は、「「好奇心」と「猜疑心」」です。
企業はここ数年「人的資本経営」に本格的に取り組みはじめました。
中・長期的な企業価値向上のためには、人材投資が不可欠であることが当たり前です。
とはいえ、日本企業は新卒一括採用、年功序列型、定年制という日本的な雇用慣行の下でかつての成長路線を歩んできたこともあります。
まだまだ人材育成を社内のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を中心に組み立てているところも多く、環境変化の下での人事改革は途上であるところも相応にあると思います。
今後オープンな人事の仕組みやプロフェッショナルがより活躍できることなどが必要であることを念頭に、グローバルな時代の人材育成のあり方について抜本的に変えていく動きも、より活発になっていくと思われます。
たまたま或る金融関係者と話していたところ、人材採用の話となり、金融・資本市場と関わる仕事を希望する人材、例えば「マーケットのリサーチや運用などの業務について、比較的適性がある方は「好奇心」と「猜疑心」のバランスが取れている人材だと思う」との話がありました。
私は「「好奇心」と「猜疑心」か、なるほど」と思いました。「好奇心」が大事な素養であることは感覚的に理解できます。
一方で「猜疑心」はやや強い言葉ですので、アカデミズム的に言えば「批判的思考」などの用語になるかと思いますが、物事の事象を鵜吞みにしないということを象徴的に示しているのだと思います。
勿論、過度な「猜疑心」は自身の健全性にも影響を与えると思われますので、適度な「猜疑心」という意味合いで捉えることが必要でしょう。
よく一般的なコミュニケーションをしていても、「本音がわからない」とか「にっこり笑っているけど信用できる人かどうかわからない」などの人物の評価の見立てとして、話題になることも多いところです。
そうしたコミュニケーションは感覚的すぎて、それぞれの方のネットワークにうまく活かせていかないことになるのかもしれません。人材採用の視点だけではなく、リスクマネジメントの面でも、企業内の人材評価において「「好奇心」と「猜疑心」」のバランスが取れていることをポジティブな要素として考える意味はあるのかもしれません。大変いい得て妙だと思いました。
その上で、まずは「好奇心」について少し紐解いてみたいと思います。
古い中公新書で、心理学者の稲垣佳世子・波多野誼余夫著『人はいかに学ぶか 日常的認知の世界』(1989年)を参考に、好奇心を考えたいと思います。
その中で「知的好奇心に学ぶ」(第3章)に、2つ興味深い事象が書いてあります。
一つは、「既有知識が豊かで、よく確立しているほど、また、その分野について理解しておくのが重要だと思うときほど、驚きも強く、その結果、もっと調べたり、考えたりしようとする動機づけも強いであろう。」(48頁)で、
もう一つは、「知的好奇心にもとづく学び手の能動性は、外側からせきたてられないかぎりにおいて発揮されうるのである。」(63頁)とありました。
こうした内容を見てみると、一般的な「好奇心」というよりは、むしろ専門的な領域に対する「好奇心」が重要で、その専門性がより「好奇心」をかき立てる構図が見えてくる気がします。
そうしたことを前提にすると、本書の第8章「知識があるほど学びやすい」というところの記述で、「ある分野についてきわめて豊かな知識をもっている人は、その知識を他の分野に転用できる場合も少なくない。・・・エキスパートは多くの場合、自分の得意とする分野を使って類推を行うことができるらしい。」(146-147頁)とあります。
よくある話ですが、会議などで実際に専門外や担当外の人に意見を求めると、「私は、その専門分野でないので、・・・・」ということで、発言を全くしない人と、類推しながらも意見を言う方がいる場合に分かれていくことはよくあることです。
類推しながらの意見に私自身は耳を傾けることも多々あります。専門的な領域での深さを前提に、そうした意見についてどう評価しているか、自然な感じで受け止めることもそれなりにあり、そうしたコミュニケーションをとっています。
次に「猜疑心」の方ですが、「批判的思考」や「懐疑心」などポジティブな用語で理解するとした場合に、その重要性はより強く浮かびあがるところです。
経済学者の猪木武徳著『経済社会の学び方』(中公新書;2021年)では、データの重要性と限界、理論の功罪、因果推論の効果と弱点などについて論じていて、経済社会の仕組みの理解と問題解決を考えるに際してのヒントをとりまとめた入門書的な新書です。
そのあとがきに、「こうした研究生活の中でしばしば痛感したのは、経済理論、歴史、統計学、外国語を学ぶことの大切さ、そして技術的訓練の重要さであった。健全な懐疑から生まれる内発的関心こそが、社会研究を行う上での最強の応援団であることも知った。」(246-247頁)とあります。
まさに「健全な懐疑」が重要であることは、今回の「猜疑心」の話に通じること多々あります。金融マーケットに対峙するときは、「好奇心」を旺盛に持ちつつ多面的な情報を入手しそれを活かしつつ、またネットワークの人脈からの情報も有効に活用しつつも、常に「猜疑心」すなわち「健全な懐疑」をもってリスクマネジメントを行う能力が大事であるということをいっていると思います。
今回は、「好奇心」と「猜疑心」というやや観念的なテーマでエッセイを寄稿しましたが、生成AIが広がりを示す中で人のこうした「学び」や「成長」がどうもたらされていくかは、大変興味深いところです。
皆さんから本エッセイ含めて、ご意見をお寄せください。
(2025年12月1日 記(師走に入りました) イノベーション・インテリジェンス研究所 幸田博人)
