#2 ~寺田寅彦氏のエッセイから想うこと~

8月のお盆の前の金曜日(8月9日)、たまたま京大の私の研究室で書籍本棚を見ていたら、昭和13年発刊の岩波新書の寺田寅彦著「天災と国防」(昭和13年11月15日刊:定価50銭)をみつけて、手にとってみました。既に赤茶けていて、約85年前の戦前の岩波新書です。岩波新書の刊行スタートが昭和13年10月なので、その初期のものです。

寺田寅彦氏は、著名な物理学者で夏目漱石の弟子でもあり、様々な科学と社会に関する随筆などを残していて、今でも多数の著作を読むことができます。「天災と国防」は、寺田寅彦氏の死(昭和10年12月)後に岩波新書から出された随筆の選集にあたるもので、有名な著作で、最近も復刊されているので、読んだことがある方も多いのではと思います。

8月9日の私の乗車した帰りの新幹線は、南海トラフ地震臨時情報で新幹線の徐行運転が行われ、また箱根での地震が夕刻あり、乗車した新幹線が浜松駅で長時間停車し、145分遅れで東京駅に深夜に到着しました。そういうこともあり、帰りの車中で「天災と国防」を読み、大変面白かったです。

特に同書の題名となっている「天災と国防」(昭和9年11月)の随筆から、いくつか引用します。

「今年になってから色々の天変地異が踵を次いで我国土を襲い、そうして夥しい人命と財産を奪ったように見える。あの恐ろしい函館の大火や近くは北陸地方の水害の記憶が未だ生ましくいうちに、更に9月21日の近畿地方大風水害が突発して・・・・」(135頁;なお、引用の表記は筆者が現代日本語表記に一部修文)


「文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心が生じた。・・・・・・災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものは誰あろう文明人そのものなのである。」(138頁)


「20世紀の現代では日本全体が一つの高等な有機体である。各種の動力を運ぶ電線やパイプが縦横に交叉し、色々な交通網が隙間なく張り渡されている有様は高騰動物の神経や血管と同様である。その神経や血管の一箇所に故障が起ればその影響は忽ち全体に普及するであろう。」(140頁)

今の現代日本と通じていて古びていない内容に驚くばかりで、また、文明論的な視点で、考えさせられる内容が多いと思います。

日経新聞の滝田洋一氏が日経BOOKプラスの「古典に学ぶ現代社会」で、本書も取り上げています。現代的な古典から「学ぶ」ことは多いと、あらためて気づかされました。

なぜ、この80年以上前の岩波新書が、私の研究室の蔵書にあったか不明なのですが、おそらく、私の祖父が化学の研究所につとめていた研究者でしたので、その書籍が実家から京大に私が書籍を送った時にまぎれたようです。その意味でも、感慨深いところがありました。

この「天災と国防」の書籍に、ところどころ、本人のマーク印があり、例えば、目次の「科学者とあたま」の随筆に、「●」マークがついていました。一番面白かった随筆に「●」マークをつけたようです。祖父は、私が生まれる前に、既に亡くなっていたのですが、これも、夏のお盆の中で、何か、祖父の面影を感じ、少し感傷的になりました。

個人的なことも記載して申し訳ありませんでしたが、皆様も古典を振り返り、また、「金融・資本市場」の構造問題や本質論に、想いをはせていただければと思います。

引き続き、「金融・資本市場リサーチ」に、関心を有していただければと思います。ありがとうございました。

(執筆者:2024年8月15日 記 イノベーション・インテリジェンス研究所 代表 幸田博人)