オペラとイノベーションの交差点――スイス・ルツェルンからの便り(ナブテスコ(株) 練馬 洋氏)

スイスアルプスの麓、湖畔の古都ルツェルンに暮らし始めて6年が経ちました。この間、Deep Tech StartupへのVC投資や、勤務先中堅製造業との橋渡しに日々奔走していますが、合間を縫って欧州各地のオペラハウスに足を運ぶのが私のささやかな楽しみです。
オペラ観賞は、右脳を活性化し、仕事に新たな視点をもたらす貴重な時間でもあります。

ルツェルンは、オペラの巨匠リヒャルト・ワーグナーが数年間を過ごした地としても知られています。若き日のワーグナーは血気盛んで、ドレスデンで宮廷楽長を務めるかたわら、革命運動に関与し、スイスへと亡命しました。彼が暮らした湖畔の邸宅は現在、博物館として公開されており、私の自宅から車で10分ほどの距離にあります。

ワーグナーはこのルツェルンで、唯一の喜歌劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を作曲しました。この作品は、中世ドイツのギルド社会を舞台にした物語です。若い騎士が自由奔放で創造的な歌唱を披露し、人々を魅了するのですが、その革新性がギルドの古い様式から逸脱しているため、一旦は受け入れられません。最終的に彼はその様式に沿った歌へ修正し、親方たちからも称賛を受け、ギルドのメンバーに迎えられる、という展開で物語は幕を閉じます。

彼はその生涯を通じて数々の音楽的イノベーションを生み出した、文字通りの革新者でした。「ライトモティーフ」もそのひとつで、このオペラの前奏曲に、本編で使われる主要な「ライトモティーフ」を次々と提示、巨大な楽劇の全体像を映画の予告編のようにわずか10分間に凝縮して聴かせる点もワーグナーならではの卓越した手法といえます。
ワーグナーは「伝統と革新」「規則と独創」というこのオペラのアジェンダを前奏曲に凝縮してみせたのです。

私は学生時代、オーケストラでヴァイオリンを演奏していた頃、この前奏曲を暗譜するほど演奏しました。その経験から、イノベ―ションは、いきなり生まれるものではなく、様式を繰り返し体得する中で、はじめてセレンディピティが訪れるものだと感じています。

数年前、このオペラを世界中のワグネリアンが集うバイロイト音楽祭で観る機会に恵まれました。「朝はバラ色に輝いて…」と騎士が歌う耽美的なアリアに酔いしれつつも、日々、JTCのCXに挑む身としては、変革の志が既存の規則や既得権益に阻まれる姿にも重ねてしまいました。ギルドの親方達が、「ドイツ芸術万歳」と盛り上がる場面では、「昭和の日本万歳」とJTCのオヤジがCXを阻む状況を思い起こすのは、もはや職業病かもしれません。

このときの演出では、騎士がマイスタージンガーへの昇格を辞退し、登場人物が次々と舞台から消えていくという、示唆に富んだ結末が描かれました。
この斬新な解釈は、ニュルンベルク裁判を皮肉ったユダヤ人演出家によるもので、当時の欧州で物議をかもしました。

オペラは、右脳と左脳をバランスよく刺激し、深い洞察をもたらす「イノベーションの解」のような存在です。皆様も欧州を訪れる際には、ぜひオペラを体験してみてください!

(2024年11月19日 記 ナブテスコ(株) 練馬 洋)