今回の話題は、10月にスタートした新首相の高市早苗氏がイギリスのサッチャー元首相を「憧れの人」「尊敬する政治家」として、一つのモデルとしていることが様々なメディアで取り上げられていることから始めます。
サッチャー元首相はイギリス初の女性首相で保守政治家であり、1979年5月から1990年11月まで11年半にも及ぶ在任期間、イギリスを率いてきました。
高市首相は初の女性首相で、保守政治家でサッチャー元首相との類似性も高いことから、サッチャー元首相についての読み解きには相応に意義があると思われます。
またサッチャー首相登場時のイギリスは「イギリス病」と停滞を揶揄されていたことから、サッチャー時代で「イギリス病」から脱却しえたことは現在では評価がわかれるところもなくはないですが、日本の現在の状況も鑑みるとサッチャー時代を紐解くことは興味深い点が色々とあります。
最近、中公新書から池本大輔著『サッチャー 「鉄の女」の実像』(2025年10月)がタイミングよく発刊されています。サッチャー元首相に対する評価や見方について現時点でどう考えるかは、首相退任後35年経過したことから、改めて本書籍を通読することで色々と感じることができます。
その「まえがき」には、
「・・・こうした新しい研究や資料が何を明らかにしたのか、一例を挙げよう。サッチャーは「信念の政治家」だと言われる。・・・現実のサッチャーは極めて慎重であり、政治において重要なのは行動に移すタイミングだというのがモットーだった。」
などとあり、我々が抱いているサッチャー元首相のイメージや認識も改める必要もあり、そのあたりも参考になります。また同書では「首相退任後のサッチャーとその遺産」(終章)も設けられており、興味深いところです。
最近の日本の経済状況は、物価高が深刻化しつつあり財政などに負荷をかけざるを得なく、また将来の人口減少社会などの社会課題が山積みであり、将来の日本のあり方を含めて先行きが見えにくい状況です。
かつてのイギリス病や、最近のEU離脱(ブレグジット)の影響から財政問題が顕在化するなども含めた老大国イギリスの歩む道の難しさが、特に際立つところです。
それらは日本の将来の難しさを暗示している面もなくはないところです。日本がイギリスのかつての第二次世界大戦後の凋落の歴史や最近のブレグジットなどの状況で参考にすべきことは多々あると思われます。
イギリスと日本について考えるにあたって、私は、かつて、森嶋通夫氏の『イギリスと日本―その教育と経済―』(岩波新書:1977年)、『続イギリスと日本―その国民性と社会―』(岩波新書:1978年)を読んだことを思い出し、その内容を見てみました。
森嶋氏は、当時ロンドン大学教授として50代半ばで様々な発信を行っていた著名な経済学者でした。
私も大学生になったばかりでこうしたわかりやすい著作を親しみを持って読んでいたものです。
この2冊の新書は、イギリスの「イギリス病」「教育制度」などの紹介に加え、森嶋氏がイギリスと日本を率直に比較しており参考になります。また著者曰く「経済学入門の副読本」としても役に立つという位置づけでした。
少し引用しますと、
「大学の一年生が経済学を学びはじめた時、限界効用理論や労働価値説を習いますが、その時、社会全体についての展望がまだなされていないので、学生は何のためにそのような理論を学ぶのかよく理解出来ず、それですっかり経済学が嫌になることがあります。そのような学生が副読本として本書をお読みになり、イギリス病や日本社会の長所、短所について、・・・それ以後の講義は面白くなると思います。」((続:「はしがき」より)
とあるように、イギリス病を題材にしながら経済学的な見方のポイントを解説しています。また当時の日本の成長が、今後続けられるかどうかについての警鐘などもならしていました。
最初の『イギリスと日本』を再読して、参考になるところの当時のイギリスの教育制度について、相当紙数をさいて記述しているところです。
イギリスの中等教育に係る部分(同書のⅡ)と、イギリスの大学について、産業か教養かについて論じている部分(同書のⅢ)です。
日本の戦後の教育制度は戦前のような一部のエリートを創り出す教育ではなく、すべての人に平等な教育の機会を与え産業(企業)と大学をつないでいく仕組みとなったことで、イギリスの個人教育をベースとした教育制度とは対極にありました。
この日本の教育制度が当時の日本の高度成長に大きく貢献したことは間違いないところであり、当時のイギリスの個性を重視した個人教育が「イギリス病」を招いていたこととの対比で示されています。翻って、現在までの日本の教育制度が、基本的には未だに画一的で平等的でありすぎることが、「日本の停滞」を招いたことをどう考えるべきかが示唆的です。
現在、日本の教育で指向していることは、教育の平等の機会確保と、個人としての主体性や自立性をどうもたせるか、「探求」的なアプローチの有用性の指向など、平等の機会と個人のバランスをとっていくことを目指しているように見えます。
森嶋氏はこの2冊の新書出版以降、『サッチャー時代のイギリス』(岩波新書:1988年)も出版しており、その中でその後のサッチャー時代の教育制度改革なども論じています。
そのあたりも含めたイギリスと日本を比較しつつ、教育制度のあり方や評価は別途考えてみたいと思います。現在の日本の置かれた状況からは、この教育制度の課題はより重要な局面にあるかと思います。
今回紹介した森嶋氏の新書3冊は興味深いところが多々あり、もう少し色々と紹介したいところがありますが、この「エッセイ」の字数も限られており、今回はこのあたりにさせていただきます。
皆さんから、本エッセイ含めてご意見をお寄せください。
(2025年11月16日 記(大相撲九州場所も終盤です) イノベーション・インテリジェンス研究所 幸田博人)
