このエッセイが皆さんのお手元に届く頃、冬季オリンピックは真っ只中かと思います。
金融市場と同様、スポーツの世界でもデータサイエンス(DS)は急速に存在感を増しています。金融工学で学ぶのは、限られたデータから不確実性を定量化し、制約条件下で最適な意思決定を行うことですが、いまその発想が競技力向上の現場にも広がっています。
象徴的なのが、2024年パリ五輪の自転車・女子チームパシュートです。1チーム4人が250mバンクを16周(4km)し、3番目の選手の前輪がゴールラインを通過した瞬間のタイムを競います。金メダル級の記録は4分を少し超える程度で、勝負はコンマ秒単位です。
自転車競技は風圧との戦いで、先頭走者は急速に体力を消耗します。一方、2番手以降が受ける風圧は大きく低減し、数百メートルごとに先頭を入れ替えながら隊列の速度を維持します。どのタイミングで交代するかは、個々の走力・疲労度・レース展開という状態変数を踏まえた最適化問題そのものです。
米国チームは選手ごとの走力データを徹底的に収集し、シミュレーションを繰り返して最適な交代パターンに到達しました。その結果、従来はメダルに届かなかった走破タイムを約8秒短縮し、金メダルに結び付けたと報じられています。
スポーツとデータの結び付きは古く、MLB(米大リーグ)では1970年代にセイバーメトリクスが生まれ、出塁率など従来軽視されがちだった指標が再評価されました。オークランド・アスレティックスのゼネラルマネジャー(GM)ビリー・ビーンの活用(映画『マネー・ボール』)を契機に、評価軸そのものが変わり、今やデータに基づく意思決定は当たり前です。
個々の能力が高いほどDSの効果は出やすい一方、能力差があっても戦略次第で上位に食い込めるのが団体競技の醍醐味です。
男子4×100mリレー(いわゆる男子400mリレー)で日本が世界と渡り合える背景には、精緻なバトンワークがあります。
30mのテイクオーバーゾーンのどこで渡すかは重要な最適化課題で、AIの活用次第では「どこで勝ったか」をデータで語れるようになります。
データの視点が加わることで、オリンピック観戦は一段と奥行きを増していくはずです。
(2026年1月26日 記 (公社)日本オペレーションズ・リサーチ学会 会長 山上 伸)
