グロース市場新基準の矛盾―投資家は本当についてくるのか(BWizキャピタル株式会社 代表取締役 加藤 毅氏)

東京証券取引所は、グロース市場の上場維持基準を「上場後5年で時価総額100億円以上」へと引き上げると発表しました。現行の「10年で40億円以上」からの大幅な見直しであり、機関投資家からも「100億円は投資対象の最低ライン」との声が多くあります。しかし実際の運用を考えると懸念も残ります。

私が関与している上場準備企業の経営者はこう語ります。「これまで相当な労力をかけて上場準備を進めてきたのに、もし100億円未満で上場したら、またすぐに厳しい基準に直面することになる。上場まで42.195キロ走ってきたら、さらに5キロ走れと言われるようなものだ」

さらに「新規調達額を必要以上に増やして、時価総額を無理に100億円超に乗せようとする会社があると聞きました。しかし既存株主の希薄化も避けたいし、簡単に資金調達を増やせばよいというものでもない」とも語っています。

興味深いのは、政府がユニコーン企業100社創出を旗振りする一方で、東証もそれに呼応するように「大きいことは良いことだ」という基準を示していることです。

しかしこうした時価総額向上を求めるルールは、世界最大級のNASDAQにも見られません。NASDAQには株価や資本規模の最低維持基準はありますが、それはあくまで「最低限の存続条件」であり、「上場後5年以内に一定規模へ成長せよ」という性格の基準ではありません。

さらに気になるのは、既存上場企業への配慮の強さです。基準未達でも追加計画を開示すれば継続が認められ、計画修正により事実上「5年カウントをリセット」できるように見える制度では、投資家にとって評価が困難です。あまりに長期の成長計画は信頼性を欠き、投資家が企業の本気度を測ることを一層困難にするでしょう。

東証の分析では、過去に100億円を突破した企業の93%は5年以内に達成しています。
そうであるなら基準自体は非現実的ではありません。しかし現状、グロース市場の約7割は100億円未満にとどまっており、対応の実効性はなお未知数です。

投資家にとって魅力ある市場とは、基準が明確で、成長を志す企業が主体的に挑戦する場です。
今回の基準見直しがその方向に働くのか、それとも企業の負担ばかりを増やすのか。今後の運用次第で市場の評価は大きく変わるでしょう。

(2025年9月23日 記 BWizキャピタル株式会社 代表取締役 加藤 毅)