AIと創造性と数学と(ルートエフ株式会社 代表取締役 大庫 直樹 氏)

これほどまでAIの可能性に期待が高まることは、今までありませんでした。
2022年11月にChatGPTがリリースされると、一般人の目にも留まるようになり、その文章生成力に驚嘆の声があがるようになりました。

パラメーターの数を増やし、デジタルな文章を十分に読ませることで、正解率が線形を超えて改善する創発事象が起こりました。
間違いをすることはそれなりにあるのですが、下調べには十分使えます。やがて、生成AIをつかって小説、絵画、音楽などの創作活動を行う動きが起き始めました。

確かに生成AIで、ある種の小説、絵画、音楽を生み出すことはできます。しかし、どこまで創造的なものなのでしょうか。

現在の生成AIがブレークスルーを成し遂げた背景に、単語をベクトル表現で扱うようになったこと、セルフ・アテンション機能によって前後の単語を十分に読み込んで確率的に高い単語を並べるようになったことがあります。
今では、単語は1000次元を超えるベクトルに置き換えることで、単語の類似性を表しやすくなりました。

しかし、今の生成AIはベクトル表現を使っていたとしても、セルフ・アテンション機能を使っていたとしても、基本的には学習した文章にもとづいて条件付き確率を基本原理として単語を並べているに過ぎません。そこに創造的な活動(0 to 1、つまり全く新しいものを創り出すこと)は生じません。

確かに文章を書くことは上手になり、小説を書いたということはできます。また、絵を描くこと、曲を作曲することもできます。ただ、過去の情報を学習させて確率が高いものを並べていく手法であるかぎり、過去のものに似たようなものをつくることはできるかもしれないが、全く新しいものを創り出すことはできないでしょう。

創作活動の最たるものは、数学だと私は思っています。多くの人にとって数学は、何か計算を行うことを通じ個別の解を得ることですが、学生時代に数学を専攻した者(私もそのひとりだ)にとっては普遍的な関係を証明することに他なりません。

数学の世界には、まだまだ未解決問題があります。たとえば、リーマン予想やP対NP問題など。この数十年間で解決した問題としてフェルマーの最終定理やポアンカレ予想など。提唱されてから証明されるまでの時間は、フェルマーの最終定理で350年以上、ポアンカレ予想で100年近くかかっています。

どうして、このような長時間を要するのかは極めて明白で、新しいアイディアを思いつくまでの時間ということになります。数学の証明にも常套手段があって、それでは解けない問題が未解決問題となって残されます。
いろいろ試したが証明できず、全く新しいアイディアに到達するまで100年単位の時間が経過してしまうということになります。その意味で、数学こそ創造性の賜物のように思えてなりません。

日常的に計算を行って解を求めることとは、違った次元に数学者たちのミッションはあります。
全く新しいアイディアを思いつくことは、条件付き確率を原理にする、今の生成AIではできないでしょう。大学入試の数学問題を解くレベルでも、そのレベルとは根本的に違います。今の生成AIが数学の未解決問題を証明することは、まずないでしょう。

ちなみに、次のような質問を生成AIに問うてみました。1960年までの音楽しか学習していないコンピューターがビートルズ風の曲を作曲できるか、1906年までの絵画しか学習していないコンピューターがピカソのキュビニズムのような絵を描けるか、数学の未解決問題を証明できるか、その回答はいずれもNoでした。生成AIが学習した文章では、多数決をとってみるとNoということなのでしょう。

ただし、今の生成AIの原理と異なる技術をベースにしたAIが登場すれば、話はまた変わってきます。それがすぐそこにあるという研究者もいれば、まだ当分先のことと考える研究者もいます。
それでも、真に創造的な活動は、今はヒトしかできません。真に創造的な活動こそ、ヒトが営むべきものではないかと、常々思います。

(2025年8月18日 記 ルートエフ株式会社 代表取締役 大庫直樹)