「違う、そうじゃない」かもしれない。—金融教育の「順番」と「目的」 (グリーンモンスタ―株式会社 代表取締役 小川 亮)

最近、海外ファンドとのやり取りが始まり、英語でのミーティングも平日はなんとかわかったフリでやり過ごしながら、土日の朝は平日よりも早く起きてオンライン英会話で必死にキャッチアップしています。

その後、ピラティスとキックボクシングジムをはしごし、午後は長年の猫背を解消すべく姿勢矯正の整体にも通っています。食事も、朝食はヨーグルト程度で済ませ昼食は摂らず、夕飯のみの1日1食の生活をして、かなり健康には気を使っているつもりでした。

ところが痛風になりました。50代手前です。リズムが崩れると本来痛風とは関係ない英会話も休む自堕落な性分ゆえ、この二週間、アクティビティはすべてキャンセルです。理屈どおり整えたつもりでも、現実はそう簡単ではないと身をもって知りました。

私は金融教育事業を営んでいます。

新NISA以降、金融教育環境や多くの方々の資産形成活動は確実に前進していると思います。ただ、それから早2年、自社事業においても設計思想にはすでに違和感が出始めています。基礎を学び、理論を理解してから実践へ進むという順番です。
正論ではありますが、AIの急速な進化は、現実の行動をすでに先へと押し出しています。

私の閲覧履歴に基づくフィルターバブルのせいか、SNSには生成AIを活用した投資技法があふれています。
こうした流れのなかでは、SNSからの顧客獲得を主軸としてきた当社も、AI活用を前提とした資産形成手法を直接伝える金融教育に早期に転換していかなければ金融教育事業者として市場からの撤退を迫られるかもしれません。

従来通りの、順を追って「株式とは」「リスクとは」と言っていると若いユーザー(当社は金融教育アプリを提供しています)は静かに離れていってしまう懸念を感じ始めています。
「AIで投資をして損をしたらどうするのか?」、そういう指摘もあるでしょうし、「投資は自己責任」という言葉は正しくも、セルサイドのエクスキューズという側面もわずかに感じます。

そのなかで金融教育の役割は、リスクを回避させることではなく、リスクを自らのコントロール下に置き、取れるリスクを計算して取る力を育てることだと私は思います。

期待値を考え、許容損失を定め、揺れに耐える。その感覚は、体験や参加を通じてしか身につきません。

自身も痛風になって初めて、1つ1つはよい手段だったはずの食事や運動が、組み合わせるとどういう悪影響を及ぼしたのかを理解でき始めているように思います。

同じように、投資も一度参加してこそ1つ1つの要素や事象への理解が深まります。
金融教育においては、まずはAIを使わず自力で、などと言わず、AI利用を前提に行動し、その経験を起点に学び直す設計へ舵を切るべき時期に来ているように感じています。

(2026年3月1日 記 グリーンモンスタ―株式会社 代表取締役 小川 亮)