第47代米大統領にドナルド・トランプ氏が選ばれることが確実になりました。再選に失敗した候補が大統領に返り咲くのは約130年ぶりのことです。株式市場はトランプ氏の勝利を歓迎しています。不透明感の払拭が好感された側面もありますが、大規模な減税策、金融やエネルギー分野での規制緩和など、今後の政策への期待も株高要因になっているようです。
他方で、トランプ氏が掲げている政策には危うさも少なくなく、株高の持続性には疑問があります。
経済面では、まず、インフレの再燃リスクが懸念されます。中国からの輸入品に対する60%の制裁関税、同盟国も含めた他国からの輸入品に対する10~20%の関税は輸入物価を押し上げます。移民の排除は労働供給面からインフレ要因になります。国際通貨基金(IMF)では移民の減少が米国のインフレ率を0.2%Pt押し上げると試算しています。
また、大規模な減税策は財政赤字を拡大させることになるでしょう。米議会の「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」は、今後10年間の政府債務の拡大幅がハリス氏の政策では3.95兆ドルに留まる一方で、トランプ氏の政策では7.75兆ドルに達すると見込んでいます。
さらに、景気拡大、インフレ再燃、財政悪化に見舞われた際に、長期金利の上昇がもたらす金融面での影響にも留意が必要です。債券、そして株式の価格急落は金融システムにも悪影響を及ぼしかねません。現状では米長期金利の上昇がドル高円安要因になり、その結果として日本でも株高になっています。しかし、米国のインフレや財政悪化は本質的にはドル安要因である筈です。バイデン政権はドル高を容認してきましたが、自国第一主義のトランプ政権がドル高をけん制し、場合によってはドル安政策に転換しても不思議ではありません。
なお、IMFはトランプ氏の政策によって、米国のGDPが2025年に1.0%、2026年に1.6%下押しされると試算しています。もちろん、影響は米国にとどまらず、世界全体でも1.2%のGDP下押しになり(2026年)、日本にとっても他人事ではありません。
政治・外交面では、国際社会の分断が深まりそうです。対ウクライナでは支援の縮小と停戦圧力の増大が予想されますが、停戦はロシアの侵略を事実上追認するものになるでしょう。米国は中国との対立激化に加えて、欧州とも関税策、ウクライナ支援、気候変動問題などで対立することが考えられます。
トランプ新時代では世界は前人未踏の海域で海図なき航海を迫られることになります。そして、トランプ氏が目指すMAGA、すなわち“Make America Great Again(再び偉大な米国に)”は、世界にとっては“Make All Gloomy Again(再び憂鬱な世界に)”になりそうです。
(2024年11月7日 記 東京女子大学 現代教養学部国際社会学科 教授 長谷川克之)