人材難とスタートアップの社外取締役確保の工夫(SBI大学院大学教授 公認会計士 山岸 洋一氏)

先日(3月16日)の日経記事「長居が増える社外取締役」では、大企業の社外取締役の在任期間が長期化しており、その背景には人材難があるとの指摘がされていました。また、その解決のためには、主要国との比較で低い報酬水準が課題であるとのことです。

大企業がそのような状況なら、スタートアップで社外取締役を確保するのはさぞかし難しいであろうと思われるかもしれませんが、スタートアップは、様々な工夫で、社外取締役を確保しています。

<工夫①:若手の起用>
スタートアップの社外取締役には、若い人材が起用されるケースが多いです。若いから報酬水準が高くないとは一概に言えませんが、若手には、「経験を積みたい」「スタートアップの成長過程に深く関与したい」という、報酬以外の動機をもつ人材が多いことが要点です。そのため、スタートアップの社外役員の報酬水準は、有報で開示されている社外役員報酬の合計額と人数からも容易に推測できますが、日経記事に記載の大手企業の水準とはずいぶんと異なっています。

<工夫②:報酬の工夫>
IPOを目指す段階では、事業進捗に従って、報酬をステップアップさせる事例があります。また、スタートアップのストックオプション(SO)は、インセンティブ付与目的の他に、報酬水準の調整弁とする目的で活用されていますが、これは、社外取締役へのSO付与の際も同様です。

<工夫③:社外監査役を含めた補完関係の構築>
社外取締役が役割を果たすには、企業経営、法務、会計、ファイナンス等、多岐にわたるスキルが必要です。異なるスキルを持つ複数の社外取締役が補完関係を築くことが理想ですが、スタートアップにとって、補完関係を築くだけの人数の社外取締役を確保することは、財務面から必ずしも容易ではありません。

この点、上場スタートアップは社外取締役に社外監査役を加えて、その中で補完関係や多様性を発揮しているケースが多いのです。スキルマトリクスを開示する上場スタートアップは少ないですが、社外取締役および社外監査役の属性(経営トップ、弁護士、公認会計士、大学教員等)は開示されています。多くのスタートアップが、一つの属性に偏らず、バランスよく起用することで、補完関係の構築を狙っていることがわかります。

社外取締役と社外監査役の役割は異なるものの、企業統治への貢献において共通する部分が多いこと、IPO後に監査等委員会設置会社へ移行する企業が多いことを考慮すると、上場スタートアップが社外監査役を含めた補完関係を築くことは合理的といえます。

冒頭の日経記事のとおり、日本の大手企業で社外取締役の人材難の問題がある一方で、多くのスタートアップが様々な工夫で社外取締役を確保しIPOしているのです。これにより、毎年、上場会社の「若い社外取締役」が増えています。

スタートアップで経験を積んだ多くの若手が、将来、大企業の社外取締役に就任し、大企業の社外取締役の人材難が解決に向かうことが期待されます。

(2025年3月18日 記 SBI大学院大学教授 公認会計士 山岸 洋一)